はじめに 次へ 戻る

南アフリカ共和国の金鉱山の地下深くで、地震発生機構の解明を目指した観測研究が、日本と南アフリカ共和国の国際共同実験グループによって行われている。これは、金の採鉱によって誘発されている地震活動に伴うさまざまな現象を、間近で総合的に観測・研究しようとするもので、日本からは防災科学技術研究所、地質調査所、立命館大学、名古屋大学、東京大学そして京都大学、南アフリカからはウィットウォータースランド大学およびISS インターナショナルの研究者が参加している。筆者はこの研究に携わり、これまでに二度南アフリカ共和国に渡航し観測計器の設置作業などを行った。この小文では我々が行っている共同研究を、渡航時の様子を交えながら紹介する。  

 
なぜ鉱山の地震? 次へ 戻る
ヨハネスブルグからフリーステート州のウェルコムにかけて北東-南西方向にのびるウィットウォータースランド盆地は世界最大の金鉱床地帯であり、この地域には約30の金鉱山がある。これらの金鉱山では、地下2-4kmというきわめて深い地点で、厚さ1m程度の薄い板状の採掘が行われている。そのため掘削空洞の周辺岩盤中には、上下方向の応力集中が発生し、この応力集中によって、はげしい地震活動が誘発されている。時にはマグニチュード3を越える地震が発生し、鉱山内に大きな被害がもたらされる。地震時の岩盤崩落により、毎年百名前後の死者が出ているのである。
南アフリカ金鉱山の誘発地震の歴史は古く、1908年にさかのぼる。マグニチュード5クラスの誘発地震のため地表に被害がもたらされたこともある。1910年には地表での地震観測が開始されており、現在では地下にも多数の観測点が設けられ、近代化された観測システムのもと、震源位置、マグニチュードなどのパラメーターが即時に自動で決定され、災害防止の基礎資料として役立てられている。また、地震活動等のデータを用いて地震予知の試みも行われている。
'95年1月に起こった兵庫県南部地震が記憶に新しいので意外に聞こえるかもしれないが、被害をもたらすような大地震は、我々研究者の寿命に比べればまれにしか発生しない。短い方で南海トラフで発生する地震の周期が100年程度、京大キャンパスのそばを走る花折断層などの内陸の活断層に起こる地震の平均周期に至っては1000年以上という長さである。地震現象を理解し、地震の予知を成功させるためには、歪の蓄積による地震の準備段階、発生直前の状態、破壊の開始から停止、余震活動の終息までのすべて、つまり地震の一生を完全に解明することが必要不可欠であるが、それには時間がかかりすぎる。ではどうすればよいのか? その問いに答えるための手がかりの一つが南アフリカの金鉱山にある。たとえ地震は小さくても短期間に繰り返し、しかも観測点から至近距離で起こるという,自然地震に比べてはるかに有利な条件がある。
そこで、いわゆる地震の一生を詳細に観測し、またそのことによって大きな地震の前に何らかの前兆現象があるかどうかを検証しようとする「地震予知の制御実験」が計画された。 

 
いざ地の底へ 次へ 戻る
世界最深の鉱山としてNHKの地球大紀行で紹介されたことのあるウエスタンディープレベル鉱山をサイトとして、'95年の半ばすぎから実験が開始された。ヨハネスブルグの西南西約70kmに位置するこの鉱山の地下約2600mにある物資運搬用の坑道沿いに地震計や歪計などのセンサーを設置し、坑道の上方60〜100mにある金鉱床にそって行われる採掘にともなう歪や地震活動の変化の様子をモニターするのである。
 筆者らは歪計の設置作業を行うために'95年11月に渡航した。当時は、シンガポールでの乗り換えが必要で、24時間をかける長旅にかなり疲れてしまったが、鉱山に着いた途端、隣の鉱山内でマグニチュード3.2の地震が発生し、その揺れに疲れも吹き飛ぶ。
 この鉱山では、入坑前に、火災時などに使用するレスキューキットの講習を受ける。そして服を着替え、レスキューキットとカンテラ用のバッテリーを腰のベルトにぶら下げる。ヘルメット、長靴で鉱山ルックの出来上がり。エレベーターは三層になっており、全部で120人乗りである。それが、40km/hはあろうかというスピードで動き、ものの数分で地下深くまで運んでくれる。地下には網の目のように数多くのトンネルがあり、しばらく歩いているうちに方向がわからなくなる。腰の荷物がかなり重く歩きにくいが迷子になったらまずは帰れないだろうと思い、必死で現地スタッフについていく。最近ここで死者が出た、などと言われれば暑さも吹っ飛んでしまう。センサーは、壁面に掘られた直径10cm深さ15mの穴の中に設置される。テキパキと作業を進めなければ、発破が行われる14時までに地上に上がることができない。といっても手慣れた現地スタッフを前にして我々には出る幕があまりないのであるが。
  作業終了後、約800m離れた地点で発生したマグニチュード2.6の地震によるドーンという音を聞いた。私としては、これまでに経験したことなかったので少々興奮したが、震源付近では少し被害が出たと聞き、この音を聞くと生きた心地がしないという現地スタッフの気持ちが理解できた。 

 
さらなる発展をめざして 次へ 戻る
 '95年よりはじまった観測は、'98年7月をもっていったん終了した。採掘の先端部分が坑道の直上を通過し、貴重なデータが数多く得られた。ほんの10m先で起こった地震も記録されており、それらの解析が進められている。
  そして現在、ヨハネスブルグから南南西に250km離れたウェルコムという町にある、バンバナニ鉱山を新たなサイトとする観測研究の準備が進行中である。この鉱山では、採掘予定地のそばに断層があり、その断層上での誘発地震が予想されている。筆者らは'98年の9月に同国を訪れ、現地の視察および観測計器の設置場所などの打ち合わせを行なった。そしてこの鉱山は、採掘にともなう歪の蓄積から断層運動にいたる地震の一生をモニターするという当初の目的にかなう理想的なサイトであることが確認できた。立案からあしかけ6年、地震の一生の解明に関する研究は緒に就いたばかりであるが、この研究の成果が鉱山での災害防止および日本の地震予知研究に生かされることを願ってやまない。

写真1
金鉱山では、地表から3,000mを越える深さまで、何層にもわたって、網の目のように坑道が広がっている。写真はウエスタンディープレベル鉱山の地下2600mにある坑道。地下深くなるほど温度が上がるのだが、クラッシュアイスでつくった冷気を巨大なファンで各層に送り込むという豪快な冷却システムがあり、かなり涼しい。

写真2
採掘現場の近く。採掘は高さ1m程度の板状に行われる。その閉塞を防ぐため、組み上げた角材により支保がなされるが、しばらくすると写真の様にぺちゃんこになってしまう。